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早朝に起きた大地震に飛び起きた開発メンバー。まだ、眠気の抜けきらない頭に真っ先によぎったのは「試作棟は大丈夫!?」という思いでした。幸いにも、震災の混乱に巻き込まれることのなかったメンバーは、慌てて試作棟の元に集合。試作棟へ向かう途中、頭に浮かんでいたのは「倒れていたら、テクノストラクチャーはおしまいだ」という祈りのような思いばかりでした。
しかし、ようやく現場までたどり着いたメンバーの目に飛び込んできたのは、堂々とそびえたつ「新しい木の家」でした。基礎にひび割れ一つ入っていないその姿は、開発メンバーには非常にたくましく、大きな存在に映りました。
震災の被害が明らかになるにつれ、「地震に強い住宅」へのニーズは日に日に大きくなっていきました。そんな世間の声に後押しされるかのように、平成7年(1995年)6月、ついに熊本で記念すべき第一号邸が上棟。棟上げを見た現場の人々からは、「骨組みがきれいで、見ただけで強さが伝わってくる」と感嘆の声も上がりました。
そして、7月からはいよいよ全国に向けて出荷が始まりました。
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耐震性の高い工法を待望する世間に、諸手をあげて迎えられ、爆発的に普及するかに思われたテクノストラクチャー。しかし、世間はそれほど甘いものではありませんでした。新しい工法への抵抗感、不安感・・・。「いいもの」であるという思いと、市場に受け入れられないジレンマが、開発メンバーを襲いました。何が問題か?現場での声を元に再び始まった改良の日々。市場からの要望、不満など一つずつ改善し、よりよいものとするために開発が進められました。
阪神・淡路大震災の詳細なデータがはじき出されたその年の12月には、そのデータを用いてテクノストラクチャーの強さを実際に確認するため、世界最大級の振動施設を持つ(財)原子力発電技術機構 多度津工学研究所にて実物大の住宅を使った耐震実験を実施(写真)。産学からの関係者が見守る中、壁量を減らしたり、仕様を変えたりしながら、計5回の振動実験を実施しました。実験後の調査では、主要構造体および接合金具の損傷、変形も見られず、屋根材や外装材、内装材の落下やズレ、損傷もないことが確認され、耐震性の確かさが実証されました。そして、この結果はメンバーに大きな自信を与えたのでした。
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| 松下電工本社構内に建てられた最終の試作棟。 |
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| 威勢のいい三三七拍子に見送られ、初出荷が行われました。 |
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| まっすぐ天に伸びる柱とそれらを力強く支える梁。「美しさ」イコール「強靭さ」が納得できます。 |
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| (財)原子力発電技術機構 多度津工学研究所における、実大振動実験の様子。 |
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| 実験と同じ震度7の地震による被害。 |
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| 実験に使用した入力波。阪神・淡路大震災と全く同じデータを用いました。 |
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